2013年06月20日

ニューミュージックブーム




僕がKISSに夢中になっていた時期、ちょうど日本では「ニューミュージック」がブームになっていました。

「ニューミュージック」とは wikipedia


アリス、原田真二、オフコース、ゴダイゴ、世良公則、サザンオールスターズ、チャゲ&飛鳥などですね。
ロックもフォークもごちゃまぜという感じですが。

日本でも、アーティスト自らが曲を作り、パフォーマンスする、という形態が定着し、そのようなアーティストの楽曲がヒットチャートを賑わせていました。

僕は元々、ヒット曲は好きでしたから、これらも好んで聴いていました。

アリス「冬の稲妻」
甲斐バンド「HIRO(ヒーローになる時、それは今)」
サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」
世良公則とツイスト「銃爪」

など、厳密にはニューミュージックにはカテゴライズされないものありますが、いわゆる「シンガーソングライター」がスターの地位を築いた時代でした。

そんな中で僕自身も、自分で作り、自分で歌うアーティストになりたいと思うようになっていったのです。




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2013年06月18日

KISSとの出会い




小学校5,6年の時でした。
2年連続でアメリカのハードロックバンド「KISS」が来日します。

日本では大騒ぎでした。KISSが来日したことがニュースでも放送されました。

この時、僕も当時来日記念盤として発売されていた、3枚組のアルバムを買います。
お年玉で!!

この3枚組は、「地獄の軍団」「地獄のロック・ファイヤー」「ラヴガン」の、KISSの黄金期の3枚がセットになったものでした。
「デトロイト・ロック・シティ」「ベス」「狂気の叫び」「ラヴガン」「テイク・ミー」など、僕はこの3枚のアルバムに納められた曲に夢中になりました。
全曲、歌詞も含めて歌えるくらい聴き込みましたね。

KISSの曲は、全曲メンバー自身が作った曲です(一部、外部のソングライターと共同で作った曲もありますが)。
曲も自分で作って、自分でパフォーマンスする。

それまで僕が知っていた日本のアイドルには、考えられないことでした。

曲も自分で作れるっていうのは凄い、本当に才能がある人は、自分で曲も作るんだ。

「曲を作れる」=「一番才能がある人間」

このイメージが僕の頭の中に出来上がりました。
僕も曲を作れるようになりたい!

強烈に思ったのでした。

以降、僕は生涯を通じてKISSアーミーとなるのです!




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幼少期




今日は僕の幼少期のお話を。
サラリーマンであり、作曲家として活動する僕がどんな子供だったかを自己紹介として書きます。

作曲を始めるきっかけも、この時期にあります。

僕はちゃんとした音楽教育を受けたことは一度もありません。

でも、物心ついた頃から音楽は好きでした。

まずは流行歌ですよね。テレビから流れてくる歌を必死で憶えて、いつも歌ってました。
ピンキーとキラーズの「恋の季節」
堺正章「さらば恋人」
などなど。

そして、姉がピアノをやっていたので、家にはピアノがありました。
そのピアノをいたずらで弾いてみたりとか。もちろん出鱈目ですけどね。

でも、キーがCかAmなら、黒鍵を使わなければなんとなく曲になりますよね?
それで、出鱈目に弾いても曲になるのを楽しんでました。

姉が練習するピアノ曲は、やっぱり憶えて口ずさんだりしてましたね。
トルコ行進曲とか。



僕にとって、「恋」とも言える歌との出会いがいくつかあります。

まずはフィンガー5の「恋のアメリカン・フットボール」

フィンガー5の中で特に気になるメンバーだったのは、アキラ。
彼は僕よりちょっと年上なのですが、サングラスをして、切なく恋の歌を歌う、その姿に憧れましたね。
小学校低学年の僕は、もう少し大きくなったらこんな恋の世界があるのかーーーと妄想が膨らみました。


もう一つは太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」

太田裕美さんの声が素晴らしいですよね、そして都会へと旅立っていった結果、切ない別れが訪れる。


この2つは、本当に恋のように僕を夢中にしました。
この2つの出会いが、僕を完全に音楽、歌の世界に連れ去ったのかも知れません。



しかしながら、これだけなら、僕は作曲したいと思うことは無かったかもしれません。
小学校高学年に、もう一つの大きな出会いがあり、それによって作曲を始めるのです。


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