2015年01月03日

就職





僕はプロになる事を諦め、コンピュータシステムを開発する会社に就職しました。

システムエンジニアになった訳です。

そこに決めた理由は

・経験が無くても一からプログラミングを教えてくれる
・理系文系関係無し。
・営業もやらなくて良い。
・何かを作る仕事は面白そうだ


1番は最後の理由かも知れません。
子供の頃から作ることは好きでしたから。
表向きの理由はこれらなのですが

裏の理由は

「就職せずに音楽活動を続ける覚悟がなかった。」

これです。

就職しない事に漠然とした恐怖を感じていました。それが何なのか、向き合うこともせずに…。

実は諦めて就職してしまったこと、ずーっと後悔として僕の中に残っていました。
活躍するミュージシャンを見るたびに胸が疼く感じ。
心の中にわだかまりとして残ったんです。

まあ、結局の所、音楽活動を再開し、僕はプロ作曲家になる訳ですけど。
そして今は逆に就職して良かったと思っています。

就職した僕がどうやってプロになったのか、
どういう経緯でその心境に至ったのか、

そのことは追い追いこのブログで書いていきます。



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2014年12月26日

挫折





インディーズ系のヘヴィメタルバンドで活動していたのですが、実は音楽以外のストレスをかなり感じていました。

まずはバンドメンバーとしてのキャラクターを演じなければならなかったことですね。
当時流行りのキャラクターというのは、必ずしも僕がやりたいこととは一致していませんでした。
化粧したり、派手な衣装を着たりも良いのですが、方向性が微妙に違っていて内心恥ずかしかったのです。
バンド内でもあまり自分の意見は通らなかったように記憶しています。

また、ライブの後は、ファンの子達を連れて、皆で必ず居酒屋に飲みに行きます。打ち上げというヤツですね。
居酒屋で飲んでる分には構わないのですが、当時僕はアパートで独り暮らしをしていましたから、店で飲んだ後は決まって僕の部屋へ来て朝まで大騒ぎです。
近所迷惑になりはしないかと気が気じゃなかったですね。

そして、皆なかなか帰りません。
朝帰ってくれるならまだしも、ひどい時は夕方までダラダラといたりします。
こちらはライブで好きでもないキャラクターを演じて疲れ切っているのに、さらにまだ追い打ちを掛けられているようで、本当に疲弊してしまいました。

そんなことに翻弄されているうち、果たして自分はこんな世界に向いているのだろうか?と疑問を感じ始めました。そしてついにバンドを脱退することにしました。
今から思えば、そのようなストレスをうまくかわしていくこともできたと思うのですが、まだ子供だったんですね。。。

そして、どうすればプロになれるかもわからないまま、大学も4年になってしまったのです。

僕らの時はバブル期でしたから、就職活動も楽でした。確か大学4年の10月位に何社か回って内定をもらいました。

自分の場合は「とうすればプロになれるのかわからなかった」これが大きかったと思います。
結局、就職することを選び、プロになる夢は終わったのでした。



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2014年07月11日

上京〜インディーズバンド活動




高校を卒業して、一年浪人した後、大学へ進学しました。

浪人中に、コカコーラ主催のフレッシュサウンズコンテストに出て、みちのく大会で入賞したりしました。

僕はどうしても東京の大学に行きたかった。
バンド活動し、メジャーデビューしてプロになるためには、やはり東京で活動しないと駄目だと思っていたからです。

親はやはり地元の国立大へ行ってほしかったみたいです。
兄弟も地元の国立大へ行っていましたから、僕だけ東京の私立大へ、というのは、抵抗があったのですが、
家族はみな最後は気持ちよく送り出してくれました。

今となっては感謝の気持ちでいっぱいです。

東京の大学へ入って、早速バンド活動を始めました。
当時は、インディーズのビジュアルバンドがものすごく流行っていて、専門の雑誌もありました。
原宿のホコ天も全盛期で、たくさんのビジュアル系バンドが活動していました。

音楽的にはL.Aメタル全盛期。いわゆる「ヘビメタ」ってやつですね。

僕も大学で知り合った仲間とバンドを結成しました。
音楽的に目指したのは、ヘビメタ路線を踏襲しつつもポップで聞きやすいものを目指しました。
ビジュアルも、当時はやっていたものを意識して、化粧もしましたし、原宿でそれらしい衣装を
買って揃えました。

月に数本のライブを行いました。ステージでもとにかく派手に、派手に!
その甲斐あって、数か月後には、数十人の固定ファンが付きました。


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